与謝野鉄幹ら文化人に愛された老舗
神秘の霊峰・霧島連山のふもとに横たわる鹿児島県霧島市の霧島温泉郷。鹿児島市方面からカーブの続く山道を登っていくと、もうもうと噴き上がる白い湯煙が目に入ってきた。霧島の中でも人気の高い丸尾温泉街だ。街路樹がすっきりと並ぶ坂道沿いに、大型ホテルや飲食店が並ぶ。
高台に立つホテル「旅行人山荘(りょこうじんさんそう)」(蔵前壮一社長)を訪ねた。1917年の創業。歌人・与謝野鉄幹、晶子夫妻ら多くの文化人が愛した老舗。「豊かな自然に癒やされるのか、リピーターは多いですよ」。こういいながら、番頭の松山善信さん(52)が笑顔をみせた。
人気の湯は、林の中にある三つの貸し切り露天風呂。夏休みなどはぎっしりと予約で埋まる。そのうちの一つ「赤松の湯」に案内してもらった。ホテル裏手の芝生の庭を抜け、アカマツやカエデなどが生い茂る林へ。すると、直径2〜3メートルほどの円を二つつなげたような岩風呂が現れた。
硫黄泉で白濁色の湯。さっそく飛び込んだ。手足を伸ばしてつかると、じんわりと湯が体に染み込んできた。周りの木々に目をやると、薄緑の葉が陽光を浴びてキラキラと光り、その間から青空がのぞいていた。大自然に抱かれているようで、思わずため息が漏れた。
この日はお目にかかれなかったが、朝夕に入浴していると、シカの親子が新芽を食べに近づいてくることもあるという。秋は紅葉を、冬は雪化粧した木々を堪能できる。
温水の滝見ても「気持ちいい」
湯から上がると、「林の中を散歩できますよ」と松山さんが勧めてくれた。敷地内には、16万5000平方メートルの散策林が広がっている。のんびりと歩いてみた。そびえたつアカマツやクヌギなどの木々が夏の強い日差しをさえぎり、天然のクーラーに入っているようだ。「林内のベンチで本を読んだりして、ゆったり過ごす人もいますよ」と松山さん。
一帯の霧島山は1934年、国内で初めて国立公園に指定された。温泉街周辺には、照葉樹林を散策できる「丸尾自然探勝路」があり、早朝や霧が出たときには神秘的な雰囲気に包まれる。
残念ながら、7月下旬に九州南部を襲った集中豪雨による土砂崩れで一部は通れなかった。途中、「丸尾滝」と書かれた案内板を見つけた。
滝は、高さ20メートル、幅15メートルほど。水量豊かで、ザーザーと音を立てて流れ落ちていた。滝つぼ近くまで下りた。水に触ると、ほのかに温かい。近くの林田温泉と硫黄谷温泉の温泉水を集めて流れ落ちているという。
「マイナスイオンがたっぷり出ているようで、気持ちいいですね。仕事の疲れも取れそうです」。家族4人で滋賀県大津市から訪れた会社員上松裕滋さん(45)もさわやかな顔で滝を見上げていた。
森林浴を楽しみ、緑に囲まれた湯船につかる——。「霧島でしか味わえないぜいたくかも」。思わず笑みがこぼれた。
丸尾温泉 霧島温泉郷は丸尾温泉や林田温泉、硫黄谷温泉など大小八つの温泉からなる。各温泉は標高600〜850メートルの場所にあり、泉質はさまざま。丸尾温泉は硫黄泉や塩化物泉などで、七つのホテル、旅館が営業している。霧島温泉郷に関する問い合わせは大霧島観光協会(0995・78・2115)へ。
旅行人山荘 三つの貸し切り露天風呂(赤松の湯、もみじの湯、ひのきの湯)のほか、桜島が望める大浴場もある。宿泊料金は1泊2食付きで9450円から。日帰りプランや入浴だけの利用もできる。問い合わせは同ホテル(0995・78・2831)へ。